2026/5/15 石川桃子「日々努力、日々感謝」

みなさん初めまして!長距離女子・競歩パート1年の石川桃子です!

私に部員日記を繋いでくれた優衣は、初めて出会った時はとてもおとなしくて静かな印象だったのですが、話してみると明るくて優しくて、しかもトライアスロン経験者というギャップまで持ち合わせている魅力たっぷりな同期です!優衣、これから4年間一緒に頑張ろうね〜!

実は私は高校生の頃から立教の部員日記を読んでいました。どの先輩方の文章も本当に面白くて、それぞれの個性があって、毎回気づいたら惹き込まれていました。そんな憧れていた部員日記を、今度は自分が書く側になるなんて、とても嬉しくありがたいことだなと思っています。

とはいえ、文章を書くことがあまり得意ではない私にとって、この部員日記はかなりの重圧でもありました。最近は「早く書かなきゃ」と常に頭の片隅に部員日記がいて、締切に追われながら生活していました。

それではまず、簡単に自己紹介をさせていただきます!

【名前】石川桃子
【学部学科】コミュニティ福祉学部福祉学科
【出身】新潟県
【出身高校】新潟明訓高校
【誕生日】11月22日
【落ち着く場所】祖父母の家
【好きな食べ物】すいか
【好きなキャラクター】スヌーピー

それではここから、私のこれまでについてをご紹介させてください。

小学校から順に語っていきたい気持ちはやまやまですが、長くなりすぎてしまうため、今回は高校時代にフォーカスしてお話しさせていただきます。とはいえ、高校までの流れも少しだけ振り返らせてください。

私は小学4年生の時に陸上を始めました。兄が地元の陸上クラブに入る際、一緒についていったことがきっかけです。最初は短距離をやっていましたが、スタートダッシュが壊滅的に遅いことに気づき、長距離へ転向しました。それからは800mを中心に、小学校・中学校と競技を続け、高校は県内でも駅伝強豪校として知られていた新潟明訓高校へ進学しました。

本題である高校時代にたどり着いたところで、私の“リアルな1日”を紹介したいと思います。

朝は5時起き。まずは家の周りを軽くジョグします。中学までは朝が本当に苦手で、何度起こされても起きられなかった私ですが、高校に入ってからは「朝練をやらなければいけない」という使命感のおかげで、自然と朝に強くなりました。

帰宅したら、大急ぎで朝食。ここで重要なのは、“咀嚼している間に学校の準備を進める”ことです。靴下を最後までしっかり履く時間すらないので、私の靴下はだいたいつま先部分が余っています。でも、その状態で靴を履いても何も気にならなくなるくらいには慣れました。

その後、父に駅まで車で送ってもらいます。ここから電車の時間は、私にとって貴重な“睡眠時間”です。本当は単語帳を開いたり、前日の授業を復習したりしたい気持ちはあるのですが、睡魔には勝てません。絶対に座りたいので、早めに降りる高校生の前を見極めて立っておく技術だけは磨かれていきました。

学校の最寄り駅に着くと、そこから徒歩15分。私のクラスはスポーツクラスで、男女比は37:6。とにかくにぎやかで、暑苦しくて、でも最高に楽しい3年間でした。男子の体育にかける情熱が異常なほど強く、夏の体育終わりの教室は、汗拭きシートの匂いと汗臭さが混ざった強烈な空間になります。今となっては、それすら忘れられない青春です。

授業中は、正直かなりの頻度で睡魔と戦っていました。特に週2回ある“全体朝練の日”は別格です。

ここで少しだけ、“朝練バージョン”のモーニングルーティーンを挟ませてください。

全体朝練の日は、5:10発の始発電車に乗るため、起床は4:20。まだ半分夢の中みたいな状態で準備を済ませ、駅へ向かいます。そして何より感謝しているのは、そんな生活に合わせて毎朝4時には起き、お弁当を作ってくれていた母の存在です。

電車に乗ると、一瞬で眠りに落ちます。朝練の日の睡眠は深すぎて、「え、もう着いたの?」という感覚になります。学校まで歩く途中も、信号で止まった瞬間に目を閉じます。少しでも睡眠時間を稼ぎたい。そんな毎日でした。

学校に着いたら、覚悟を決めて練習開始です。

では、本編に戻ります。

授業が終わると、急いで部活着に着替え、競技場へ向かうため駅へダッシュします。乗る電車を逃すと練習開始に間に合わなくなるため、終礼での担任の話が少しでも早く終わることを祈りながら聞いていました。担任にバレないように靴下を履き替える技術は、もはや職人レベルだったと思います。

競技場に着いたら部活開始です。

私の高校のコーチは、“自分も一緒に走るタイプ”の指導者でした。ポイント練習では先頭を引っ張ってくれますし、ジョグの日も普通に一緒に走ります。実業団に関わっていた経験もある方だったので、練習の質も量も本当に高く、新潟県内の他校とは明らかに違いました。

きつかったです。本当に。

「なんでこんなこと続けてるんだろう」と思った日も何度もありました。でも、「他と同じことをしていても強くなれない」と厳しく指導してくださったおかげで、私はインターハイや国体に出場できるまで成長することができました。

高校進学の時は本当に悩みましたが、このコーチに出会えたことで、「明訓を選んでよかった」と心から思えています。

部活が終わると、再び大急ぎで着替え、駅までダッシュです。新潟は一本電車を逃すと、次は30分後、時間帯によっては1時間後なんてこともあります。だから一本一本にかける思いが本当に大きいんです。

息を切らしながらなんとか電車に乗り込むと、「今日はちゃんと勉強しよう」と思い、一応朝テストの勉強を始めます。気持ちだけは立派です。でも結局、数分後には力尽きて寝ています。

最寄り駅に着くと、友達に起こされ、半分寝ぼけた状態で電車を飛び降ります。そしてホームで仲間に手を振るところまでが毎日の流れでした。

家に着くのは20時頃。食事とお風呂を済ませた後、ストレッチをし、電車でほとんど進まなかった朝テストの勉強をして、23時頃に就寝します。

一時期は、ヨギボーで歯磨きをしながら寝落ちすることが多く、母に起こされてなんとか2階の寝床まで向かう日々でした。ヨギボーのリラックス効果、あれは本当に危険です。

少し話が逸れてしまいましたが、これが私の高校時代のルーティーンです。

いかがでしたでしょうか。

私はこのような日々を3年間過ごし、この春、立教大学に入学しました。今は一人暮らしという大きな環境の変化に必死に慣れようとしている最中です。同時に、「自分はどれだけ両親に支えられてきたのか」を痛感しています。

両親は、私が絶好調の時も、思うように走れず苦しんでいる時も、いつも全力で応援してくれました。母は大会では毎回、声が枯れるほど叫んでいます。もし今後どこかの大会で、「ももぉおーー!!!」と甲高い声で叫んでいる人がいたら、それはきっと私の母です。

父は、夜遅くまで仕事をした後でも、帰宅してから私の足をマッサージしてくれていました。本当に申し訳ないのですが、私は毎回爆睡していて全く記憶がありません。翌朝、「昨日マッサージしてたんだよ」と教えてもらって初めて知るくらいでした。

両親だけではありません。私はこれまで、本当に数え切れないほど多くの方々に支えていただいてきました。だからこそ今、こうして立教大学で陸上競技を続けることができています。

これからは、支えてくださっているすべての方々に、走りで恩返しできるよう努力していきます。

「やっと終わるのか」と安心しているそこのあなた!
ここで少しだけ告知をさせてください!

中学までは長い距離が大嫌いで、「800m以上は絶対に走らない」と思っていた私ですが、なんと今回、人生初の関東インカレで10000mに出場します。自分でもかなり衝撃的です。

初めての挑戦ということもあり、不安や緊張はもちろんたくさんあります。でも、「まずは何事も経験!」の精神で、思い切ってチャレンジしてこようと思います。もしよろしければ、応援していただけたら嬉しいです!

そんなところで、私の第一回部員日記を終わらせていただきます。

次の部員日記のバトンは、同じく長距離女子・競歩パート1年の庄村倫輝につなごうと思います。庄村くんは、いつも涼しい顔で私には考えられないようなメニューをこなしていて、本当にすごい選手です。彼も競歩で関カレに出場するので、ぜひみんなで応援しましょう!

私自身、庄村くんとは出会ってまだ1ヶ月ちょっとなので、知らないことばかりです。これからたくさん話しかけて、もっと知っていけたらと思っています。皆さんもぜひ、私と一緒に彼の部員日記を楽しみに待ちましょう!

では、皆様にとって毎日がかけがえのない素敵な日々でありますように。

失礼します。