2025/01/31 山崎遼平「暇な人には読んでほしいし、忙しいあなたにこそ読んでほしい」

こんにちは(><)
初めましての方は初めまして。


サポーターの近藤結衣さんから部員日記のバトンを受け取った、中距離パート1年の山崎遼平です。まさかこんなに早く回ってくるとは思っていませんでした。という前半組のノリに混ざりたかった私ですが、部員全員から忘れられ、順番が回ってこなかった可能性も十二分にあったので、書かせてもらえるだけ感謝したいと思います。


それでは、簡単な自己紹介から始めたいと思います。

氏名    山崎 遼平(ヤマザキ リョウヘイ)
性別    オス
出生時 2005年7月7日15時51分 3190g
身長 178.1cm 体重62.2kg BMI 19.61 座高 88cm
ステータス
攻撃力  ★★
防御力  ★★★★
素早さ  ★★★
帰宅速度 ★★★★★
嗅覚   ★
聴覚   ★

写真中央


情報量の多さに混乱している隙に本題に入ろうと思います。

遡ること19年と少し前、東京都調布市に生を受けた私は、その生まれた日のせいで彦星と名付けられるイベントを回避することから人生をスタートしました。

その後、尊敬する父と母、そしてメロンが苦手な兄とシチューが好きな姉に育てられ、すくすくと成長しました。
そんな順調な人生に転機が訪れたのは齢7歳、あこがれの兄の影響で、とあるスポーツに出会います。

それはもちろん陸上競技、ではなく野球でした。小学2年生から始めたそのスポーツに中学3年生まで、つまり8年間、すなわち人生の8/19、百分率にすると42.10%を費やしました。ポジションは主にピッチャーを務め、与えたデッドボールは数知れず。他人に石をぶつけると罪に問われるのに、ボールを当てても会釈で済むことに疑問と快感を味わった記憶は今でも鮮明です。

そんな野球に別れを告げたのは中学3年生の春、卒業アルバムに掲載される部活動の写真撮影のときでした。

画面右から、卒業間際に足を骨折したJ、練習試合を昆虫採集で欠席し卒アルの撮影なのにユニフォームを忘れるK、そして俺


よく晴れて、気持ちの良い春の風が吹く日のことです。ピッチャーがボールを投げている写真が欲しいとのことで、部活動開始早々に投球を行いました。次の部活の写真撮影が控えていることもありウォーミングアップ無しでのピッチングでした。

当時の私は何を思ったのでしょう。写真なのでボールの速さを気にする必要は無いはずでしたが、魂の全力投球を見せつけました。そのとき右肩に走る鋭い痛み、まだ涼しさの残る春の日に流れる一筋の汗。絶望と絶望の間隙に生じた感情は紛れもない絶望でした。

そうして、私は野球肩という怪我の診断を受け、8年間の野球人生に別れを告げました。当時の仲間からは卒アル肩と呼ばれた時期もありました。枕を濡らす夜を重ね、遂にはシーツ、マットレスまで濡らしたのは良い思い出です。

そんなハプニングもありましたが、なんとか受験を乗り越え、進学した東京都立武蔵野北高校にて、満を持して陸上競技と出会います。当時は短距離として入部し、100mと走り幅跳びを専門種目として陸上生活を謳歌していました。
初めての陸上競技に毎日ワクワクして練習に向かっていました。((o(´∀`)o))ワクワク

入学して一ヶ月、そんなワクワク山崎に悲劇が訪れます。「シンスプリント」。陸上競技をしている者であれば一度は聞いたことのある怪我だと思います。しかしながら、当時の私はガチで無知、略してガチムチでした。筋肉痛のようなものだと勘違いし、練習を継続しました。走れない程の痛みになるまで、そのガチで身体にムチを打つような練習、略してしてガチムチ練習は続き、顧問に相談する頃には重症化していました。

整形外科、整骨院などあらゆる施設に通い、インターネットの情報を隅から隅まで試しましたが、なかなか治りません。あれよあれよという間に5ヶ月近い月日が過ぎ、いつまでも治らない両スネに愛想が尽きた頃、とある種目に出会います。

競歩です。卒アル肩で投擲のできない私には、唯一残された可能性であり、希望でした。その年、競歩で関東大会に出場した先輩に教わり、そして1つ上で同時期に競歩を始めた先輩とともに練習し、一心不乱に陸上競技に打ち込みました。

ありがたいことに、練習量に比例して記録は伸び、迎えた翌年の東京都総体(関東大会につながる大会)、一つ上の先輩とともに関東出場圏内を争う程に成長していました。
競歩は4位までが関東大会出場の種目でしたが、結果は5位。ともに戦った先輩に1.69秒の差で敗れ、関東大会を逃しました。

先輩の南関東総体を全力で応援し、関東新人への出場を誓いました。この頃、地道なケアが実を結び、シンスプリントはジョグのできる状態まで回復していました。それにより、競歩の技術練習に加えて、走りによるスタミナ重視の練習も可能になりました。

そして迎えた東京都新人、3位までが関東大会進出という緊張感の中、先頭集団でレースを進めました。ラスト200地点での順位は3位、4位との距離は十分。先輩との約束、チームの期待に応えることができる喜びを感じてゴール。するはずでした。フィニッシュライン3メートル前、私の眼前には関東大会への切符ではなく赤い札がありました。失格です。

競歩は、その競技の特性上、失格処分は決して珍しいものではありません。しかしながら、ラストで止められるとは。油断大敵とはこのことで、3位以内に入ることに必死なあまり、歩型に気を配ることができていませんでした。
結果としては、最下位にも及ばない、DQ K3。関東大会を約束した先輩、期待、そして応援してくれたチームに合わせる顔がありませんでした。あの日の記憶、景色は嫌という程覚えており、忘れてはいけないと思っています。

一度落ちるところまで落ち、切り替えるしかありませんでした。11月に控えた東京都駅伝に向け、練習を走りに切り替え、一度競歩とは距離を置きました。
今考えると現実逃避のような感覚すらあったように思います。本番では7区を走らせていただき、人生初の駅伝を目一杯楽しみました。

逃避していた現実と向き合う時がやってきました。1から歩型を見直し、ドリルを丁寧に行うことから初め、マネージャーさんに毎日のように動画を撮ってもらい、それを練習中や家で繰り返し見ていた記憶があります。両親、顧問、コーチ、後輩、先輩、そして同期のチームメイト、本当に多くの人に支えられながら日々を試行錯誤の中で過ごしました。

春になり、期待と不安を抱えたシーズン初戦。記録はベストに2分30秒及ばないひどいものでした。シーズン初戦とはいえ、自分の冬季練習が否定されたようで苦しくなる反面、失格を取られずにゴールできた安堵もありました。

続いて2戦目、前回から1分半記録を縮めましたが、それでもベストからは1分遅いです。人生最後の都総体は日に日に近づき、焦りが募る毎日。太陽の沈む時間が遅くなって行くことが、日々の経過を知らせてくれたのをよく覚えています。

3戦目。前回から1分縮めました。約1年前の自己ベストを1.5秒更新し、残すは都総体のみとなりました。

迎えた都総体当日、いつか来るとは分かっていましたが、実際にスタートラインに立ったときの息苦しさは筆舌に尽くしがたいものです。スタート直後、一人ハイペースで逃げ切りを図る選手を目で追いながらも2位以降の集団でレースを進めます。中盤、ハイペースで進んでいた1位の選手がペースを落とし、2位集団と合流します。

6人の集団でレースが進み、迎えたラスト800。3枚貼られると失格になるマークが1つしか貼られていないことを確認し、勝負を仕掛けます。ペースを上げ、先頭に出て、ラスト100まで1位で通過。このままゴールかと思いましたが、そこでうまくいかないのが山崎史。最後は一人に抜かれ、2位でのフィニッシュでした。

写真中央とかその辺(二位で喜びすぎ)


1位は逃したものの、約1分半のベスト更新、念願の関東大会進出を達成し、先輩との約束、チームの期待に応えることができました。その後の関東大会への過程や結果まで書こうとすると私の夏休みが無くなりそうなのであえて割愛します。

また、その後の「大波乱!?2023年東京都高校駅伝」や、またまたその後の「トラック競技自己ベストまつり2024〜元旦競歩を添えて〜」、「まだいるよ…3/31まで引退しない山崎先輩」など、書きたいことは後を絶ちませんが…このままの細かさで全て書こうとすると腱鞘炎は免れず、遂には指の痺れが全身、そして地面に伝わり、震災の引き金になりかねないため、ここらで終わりたいと思います。

本当に終わるつもりでしたが、よく考えたら立教大学陸上部の部員日記において、大学入学後の話をしていないことに気づいたので続けます。

まだまだ入部して一年足らずの私ですが、本当に素晴らしい部活に所属できたと実感しています。特に先輩方への尊敬はとどまることを知らず、どれだけ尊敬できない部分を探しても、なかなか見つかりません。ちなみに、立教大学の陸上部で最も尊敬している先輩は上野亜貴斗先輩です。

高校時代を含め、良い先輩後輩、コーチ、顧問に恵まれています。私の陸上競技には、いつも誰かの支えがありました。それは大学でも変わらないようで、昨日も今日もおそらく明日も誰かのおかげで陸上競技を謳歌できるのだと感じています。

そして、大学陸上を始めてから一番強く感じたことは両親への感謝です。高校陸上と大学陸上で一番変わったことはなんだと聞かれたら、費用面と答えざるを得ません。もちろん競技面での変化も大きいですが…

高校時代、陸上に関する費用はほぼ全て両親が負担してくれていました。シューズ代、ウェア代、競技会参加費、交通費、合宿費など、枚挙に暇がありません。正直、あまりそれらを意識せずに生活していた高校時代の自分に怒りすら湧きます。大学生になり、前述の費用は全て自己負担になりました。

バイト代のほとんどが陸上関係で消えています。交通費がこんなに負担になるとは思いませんでした。ウェアがこんなに高いとは考えたこともありませんでした。絶対にパンクしないエアーの開発を真剣に願ったのは大学に入ってからでした。

そんなこんなで、大学陸上を始めてから様々なことが頭を巡っていますが、それでもやはり、単純に陸上競技を楽しむ心が私を支配しています。

自分を支えてくれている全ての人に感謝し、今日を精一杯走り抜けたいと思います。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました(^^)

写真中央


ここで終わると思った、画面の前でだらしない顔をしているあなた。
まだ終わりませんよ。

最後の最後の最後は。
前々回の部員日記執筆者、東日本1位の笑顔を持つ、我らが丹羽遥奈先輩をオマージュというか参考にというか。つまるところパクって、中距離メンバーに対する一言二言三言を書いていこうと思います。

・4年生

【山崎 海地さん】
文学部の文芸思想という、結局何をしているのかよくわからない世界に身を投じている我らが兄貴。進撃の巨人とジョジョに詳しく、私も同作品が大好きなので、いつか海地さんの授業というか熱弁をみっちり聞いてみたいところ。

昨年の関東新人。1600mRの選考TTでは、4年生の意地を見せつけられ、実力にも精神力にも差を感じたのは悔しくも良い思い出。
合宿、お待ちしています。

【西尾 有紀哉さん】
稀代の変人。フェンシングから大学陸上という異例の経歴の持ち主だが、ついには留学までしてしまうそうで。いったいどれだけキャラを盛れば気が済むのやら…
しかしながら。その生き様から学ぶことは多く、ひとたび会話をすれば新たな視点に出会うことも多い。
ニュージーランドでもお達者で。
マオリの方々との大恋愛、期待しています。

・3年生

【有野 美梨さん】
どいつもこいつも、やれ美梨さん可愛いだの美しいだの…
どれ。一度見てやろうではないか。

|д゚)チラッ

ふーん…………美人じゃん。
で、おなじみの美梨さん。そんな、ミス東アジアグランプリの美貌はさることながら、ノリの良さや走りのかっこよさもピカイチです。
さて、そろそろ黒歴史のひとつやふたつを聞きたいものだよまったく。


【萩原 さやさん】
自他ともに認めるおしゃべりさん。1聞いたら10で返してくれます。これはつまり、歩く木こりの泉とでも表現しましょうか。
ここ1年くらい部活で会ってない気もするのですが、おそらく気の所為だと思います。さっさと会いたいのでさっさと来てくださいね。

マッチングアプリに手を出してしまったことは、さすがにここでは伏せておきます。

【丹羽 遥奈さん】
庭には二羽丹羽ちゃんがいる。でおなじみの丹羽遥奈さん。昨年の東日本笑顔グランプリでは、2位のYudai Mikasaに3000票の差をつけ優勝。ラインのステータスメッセージに人柄の良さが表れていることでも有名です。

そんなはるなさんですが、2022年の800m高校生ランキング1位であり、走るとソニックブームが発生するため、一時期走ることを憲法で禁止されていたとかいないとか…

【赤澤 拓磨さん】
名は体を表すが如く。身体のどこかは赤色のもので覆われている情熱のたっくん。衣類の赤は近所の老人の返り血で染めたという噂や、赤澤の赤は左に偏った結果という通説など。
恐ろしい話もありますが、なにやら甘いものが好きなようなので、ぜひぜひ今度連れて行ってください。

もちろんお金は払います。
なのでその赤く染まった包丁はしまってください…

【川嶋 康駿さん】
部内恋愛の鬼。とか書くと怒られそうなので、ここは我らが主将ということにしておきます。この規模の人数の長ということで、やはり考えることや悩むことは多いと思いますが、そんなものは後輩の前ではおくびにも見せず、頼れるかっこいい先輩です。

なにやら噂ではお酒で記憶がトブそうなので、20歳になったらサシ飲みでお金借りまくってお酒飲ませまくる計画を立てています。
その時はよろしくお願いします。

【辻 啓太さん】
その細身の身体のどこから全カレ切りのエネルギーが出るのか。毎晩毎晩考えていますが答えがでません。パートチーフとして、個性の強いというか自分勝手集団の中距離をなんとかまとめ上げてくれています。
ほんとありがとうございます。

夏合宿では、「俺は〇〇だーー!」という世紀の発狂で深夜に起こしてくださいました。(〇〇の内容はつじけい先輩の名誉のため伏せておきます)
合宿の大変さを身を持って教えていただいたことにも、感謝を忘れることはできません。

【松村 直樹さん】
全てを許す仏の笑顔で、いつも中距離パートを和ませてくれているなおきさんです。3年生でも第2外国語を学んでいるという、極めて勉強熱心な一面もあり、とっても尊敬しています。

パーマが取れやすいという面も尊敬しており、最近は黒髪ストレート清楚系になったことも尊敬しています。この前、初めてで不安だった無酸素パワーテストを一緒にやってくれたことも尊敬しています。

【今井 一輝さん】
2年生唯一のまとも枠として名を轟かせているかずきさん。なにやら噂によるとパートチーフの座を奪い、中距離パートを魔改造しようとしているとかいないとか。

この前、葵さんの車の中で「2年生で中距離パートチーフになるなら誰?」的な質問をぶっかけてくれました。なんかかずきさんと答えるのが癪だったのでテキトーに返答してすみませんでした。

かずきさんしかいないと思います。

【オオタケ 爾喜さん】
入部してから一ヶ月くらい、にきさんの「にき」はあだ名だと思っていたことを、この場を借りて謝罪いたします。これからは、敬意を込めてにきニキと呼ばせていただきます。

そんなにきニキですが、昨年末に顎の手術によってハムスターに転身を遂げたとの報告を受けています。ここ半年くらい会ってない気がするので、ひまわりの種と引き換えに部活に来てください。

お待ちしています。

【松山 響さん】
入部して2週間ほど、ひびきさんとこうへいさんの見分けがついていなかったことは内緒にしておこうと思います。

響さんの印象は、自由人です。この前はモンスターをバベルの塔の如く積み上げて持って帰っており、尊敬の念を禁じ得ない心持ちになりました。ほんとのモンスターはこの人です。

有酸素の強さは抜群で、フォームも美しい、練習中の響さんはなにか自分の心に響くものがあります。響だけに。

【三笠 雄大さん】
問題児。この人のせいで、私の印象が悪くなった経験が何度もあります。思ってもいないことを言わされたり、思っても言わないつもりだったことを言わされたりと、困った先輩です。

悪魔のような笑い声を持っており、いつかデビルバスターとかに退治されることを祈っています。足速いのも、もはやムカつきます。



【森野 結太さん】
お料理系男子をインスタのストーリーでアピールすることで、女子からいいねを貰うことだけに生きがいを感じているゆうたさん。嘘ですよもちろん。いやほんとに。

物腰の柔らかさは初めて食べたねるねるねるねのようであり、その反面腰使いは激しく、世界を震撼させる力があるとかないとか。恋愛相談に乗ってくれそうな男子3000mscでは、他の追随を許しません。

【山崎 佑真さん】
一見まとも枠。入部してから一ヶ月くらいはふつーの良い人だと思ってました。噂によると小学生以下しか恋愛対象に見れないとのことで、学童バイトの闇を垣間見ました。もはや闇バイト。

そんなゆうまさんですが、今最もアツい男として中距離のベスト更新担当を引き受けています。早く15分台見たいっす。

ラスト400mは、目の前で小学生を走らせるというのはいかがでしょう。

・1年生

【塚原 潤】
軍隊のような高校陸上を過ごしたらしいじゅんくんだが、その人柄からは軍隊味は感じない。ねっとりとした下ネタが大好きで、口を開けばこっそりとかつボソッと気持ち悪いことを教えてくれる。

そんな彼にも昨年夏終わり頃から女の気配がある。いつしかいちゃいちゃDMを見せてもらったが、その後は聞いてないので。そろそろ聞きたいところである。

そんでもって、じゅんくんはねっとりとした下ネタの次に陸上が大好きなのだ。部活で話していても、「こいつ陸上好きなんやなあ」と感じることは少なくない私である。

【西岡 拓海】
正直、出会ってから一、二ヶ月くらいは割と大人しめのイメージがあった。あんまり大きな声ではしゃいだりはしないタイプかと。ところがどっこい。夏合宿にて、こいつは本性を現し始めたのだ。

これを、勝手に合宿デビューと呼んでいる。もうやかましいったらありゃしない。高校の体育祭では応援団長という役職に就いており、同学年の集合写真(大学陸上)にことごとく写っていない俺なんかとは真反対の存在らしい。

陸上初心者として邁進している点は評価したいが、フレキャンで他部活の女子から連絡先を聞かれていた点に関しては許していない。シンプルにくたばれ。

【間 翔太】
男子高出身のくせに彼女がいたとか嘘を吐いていたが。どうやらほんとのことだったらしい。しかもそのきっかけが交通事故だったため、今でも隙あらば自分を轢いてくれそうな路線バスを探してキョロキョロしている。そのため、大学でのあだ名はキョロちゃんらしい。

気づいたら1500mで新人標準を切っており、俺は部屋の隅っこで悔しがっているとか居ないとか。なんでちゃんとアップしてないのにポイント練できんの?

【大石 敦智】
昨年秋から入部した大型新人。というか、ベルトルトも驚きの超大型新人である。その実力はさることながら、日大合同練習で練習終わりにカイロを配る“できる漢”でもある。俺がカイロを全て貰おうとするボケをかますと、苦笑いをしながらカイロを回収されたのはいい思い出。

まだまだお互い分からないことだらけなので、弱みを含めて早く知りたいところである。

・15年生

【松本 圭介さん】
日体大のOBにして2012年の日本選手権出場者にしてなぜか社会人をしながら立教大学でコーチングに身を捧げる男。昨年の夏ごろから姿を現し始め、気づくと毎週、いや練習日にはだいたいそこにいる。

そのトレーニングや陸上における知識量はもちろんのこと、コミュニケーション能力にも長けており、その上自身もまだまだ現役という若々しさもある。

最近では、メンヘラ化した歯科衛生士に恋愛相談を受けているとかいないとか…

 

ここまで読んでくれたそこの君!

この山崎遼平に名において、変人として生きることを許可しましょう。「最後まで読んだよ」と報告してくれた人には「ひまかよ」と返信するので、ぜひ連絡お待ちしております。

さーて♪次回の部員日記はー??

波平です。先日、パワーマックスのミドルパワーを2セット行ったところ、本当に吐きかけました。あれは一日に何度もやってはいけないものですね。皆さんも用法容量をしっかり守り、快適なパワーマックス生活を営みましょう。

さて、次回は。

【マスオ、サザエとの晩婚旅行でモルディブへ】

【ワカメ、テトリスに課金】

【松村直樹、部員日記を書く】

の三本です。

来週もまた見てくださいね〜。

じゃんけん☆ポン!🖐️

うふふふふふ〜。