2026/8/24 森誠人「A step at a time」

こんにちは。
安井泰斗から引き継ぎました、
中距離パート1年の森誠人(もり まさと)です。
日頃から立教大学体育会陸上競技部を応援していただき誠にありがとうございます。

泰斗とは普段練習の前に仲良く話しているGentlemanで、彼からも学ぶことがたくさんあると思っています。彼も怪我で苦しい時期だと思いますが、諦めない姿がとてもかっこいいです。今後も彼の成長が気になります。

元々日本語を得意としていない僕ですが、日記を書くことになったと聞いた時は相当不安でした。他の部員の日記も参考として読みましたが、皆さん本当にいいことを書いており、「自分は何を書こう」と悩みました。そこで、陸上部の部員ではありますが、陸上よりも海外で生活して培った考え方やMindsetを皆さんと共有していきたいと思います。所々英語も混じっていると思いますが、英語の勉強だと思い、読んでいただけたら幸いです。

Prologue
氏名: 森誠人
生年月日: 2007年5月3日
出身地・校: Sydney, Australia・ Cammeraygal High School
学部・学科: 経営学部・国際経営学科(帰国生入試)
趣味: 音楽・学ぶこと
特技: 英語

軽めに自己紹介をしますと、僕は日本人の両親のもと、オーストラリア・シドニーで生まれ育ち、今年の3月下旬までシドニーに住んでいました。4つ上の兄と、4つ下の弟に挟まれた次男です。普段はあまり喋らず、周りをobserveするタイプです。スポーツや挑戦することに対して熱い思いを持っており、自然、人の笑顔や豊かな人生が何より好きです。

Following your Heartbeat
僕は3歳の頃から水泳をしており、同時にサッカーにも触れ始めました。今振り返れば水泳がどれだけ大事であったか、どれほど自分に影響があったのかを理解できますが、当時は兄が高いレベルでメダルを取っていたこともあり、やらされている感じがありました。「自分はサッカーがしたいんだ」「もう泳げるんだからいいじゃん」という thoughtsが頭を埋めていました。運動神経も良い方ではあったので、何をしても大体できてしまい、他のスポーツもやってみたいとも思いました。しかしオーストラリアは体が大きいので、なかなか physicalな aspects では目立たないなと感じました。サッカーでもタックルされるたびに吹っ飛んでしまい、身体を痛める場面も多かったです。水泳では相手の1.5倍以上速く泳がなければそもそも同じタイムを出せない。小さなエンジンで戦うことしかできませんでした。そこで僕は初めて体力作りで走ることを始めました。最初は親と軽くx地点まで行って帰ってくる程度だったランニングでしたが、走りを重ねるうちに、学校の Cross Country を優勝することができました。そこで初めて「走るのっていいかも」と思い、自主練ではありましたが、サッカーのため走り続けました。そして小学6年生になり友達の誘いで箱根駅伝を見に行き、一瞬で「この人たちかっこいい。これだ。これを走りたい」という気持ちで駅伝を目指し始めました。正直、サッカーを続けていたらどこまでいけたのか、と思う日も今でもありますが、陸上への気持ちが強くなり、中学校入る前に日本の大学に行くことを決意しました。

Lessons Outside the Textbook
当時はそこまで深くは考えていませんでしたが、当然日本の大学に行くということは日本語力を上げなければなりません。日本で生まれ育ち、日本で生活してきた生徒たちと同じ内容のことを、同じ条件の下こなさなければなりません。現地校に通っていたため日本語で考えて話すことはあまりなく、小学3年生の漢字も出来ず、敬語もさっぱり使えず、意味の通じる文章を考えてアウトプットすることすら大変でした。両親は自主性を重視していたのか、「日本語の勉強をしなさい」とそこまで厳しく言ってきませんでした。自分が行きたければ必要なことは自分でやりなさいというMindsetだったのではないかと思います。日本人からすると遅い、高校2年生から勉強し始め、漢字、読書、ニュースを見ること、小論文を書くこと、様々なopinionsを持つ人と話すことを積極的にしました。すでに大変でありましたが、なんと自分の入試制度の試験期間がオーストラリアの高校卒業試験期間と被っていることも知り、どちらも諦めるわけにはいかないと思いました。オーストラリアの試験は日本のと大きく異なり、正直オーストラリアの試験を諦めようとも思いましたが、日本の入試に全部落ちたらどこにも行けないと気づき、結局どちらも勉強しました。「きっとどこかは受かるだろう」と軽めの気持ちで考えていました。しかし人生はそう甘くはありません。次から次へと「不合格」という小さな文字がパソコンの画面を埋めていきました。たった3文字なのに、僕の心に深く突き刺さりました。きつかったです。しかし不合格が出るたびに勉強量を増やし、まさか最後の最後で何校かから合格をいただけるとは思っていませんでした。その時は純粋に嬉しかったです。

Know the way, show the way, go the way
立教大学経営学部はリーダーシップの exploration ができる学部として有名だったので、リーダーシップが好きな僕にとって、経営学部はとても魅力的でした。小学生からStudent Representative Council や Sports House Captain に入り、中高でも生徒会でリーダーシップ経験を積みました。ここまで積極的に参加する理由は、自分の行動や発言の力を試すことと、自分も知らない自分を探すためでした。そして高校で終わらせるのではなく、大学や社会に出てもLead+Supportできる姿勢を見せたいと思っています。特に2年生が主役となる経営学部1年、春学期必修科目であるリーダーシップ入門(BL0)のメンターが appealingでした。メンターとは生徒に寄り添い、考えやアイデアをうまく引き出し、個性のある表現へとリードする役割を持っています。自分は日本に来てからとても大変な生活を送っていました。そこで自分のBL0のクラスのメンターさんやSAさんが優しく色々とサポートしていただいたおかげでなんとか春学期を乗り越えることができました。そこで自分も今度は下の代に対して自分の経験やバックグランドを活かして全力でサポートしていけたらと思っています。

No Full Circle
少し話が変わりますが、日本に来てから、多くの人から「結構オーストラリアはどんな感じ?」という質問を多く受けました。教育面ではありますが、オーストラリアの学校はTheoryすぎないというのが印象的でした。グループワーク、プレゼンテーション、ディベート、スピーチなども小学1年生から取り組んでおり、「一人でしか答えを出せない」という一般的な学校教育の理念をchallengeしていました。このような教育の取り組みは経営学部でも見られ、生徒の個性を引き出すことができる素晴らしい教育だと思っています。教科書や参考書だけを使った、先生から生徒への一方的な教育ではなく、先生も「生徒」であり、お互いに知恵や意見・アイデアを伝え合うのが、現代社会で示すべき姿勢・行動ではないかと考えています。物事には必ずしも「正解」が一つだけあるとは限らず、人それぞれ異なる考え方を持っていて良いのだと、私はこの経験を通して学びました。

The Road not Taken
まだまだ先の人生は長いですが、すでにこれほどの学びや経験ができていることに誇りを持っています。何度も様々な人から日本の大学ではなくオーストラリアの大学に行った方がいいと、夢を変えても誰も怒らないと、無理がある挑戦を今しても何も残らないと言われました。しかし僕はやると決め、ここまでやってきました。中途半端に行動をするのが嫌でした。始めたものは終わらせます。本気で環境を求めたからこそ、正直当時はやりたくなかった事に対しても本気になれました。だからこそ、今後もその人生の1ページ分の経験で得た考えや思いを忘れずに、新しい事に挑戦し、人生のスタンプラリーを埋めていこうと思います。もちろん予定通りに進まなくて焦ることだってあるでしょう。順調に進んでいても何か違うと思う時もあるでしょう。しかし誰もがそのような経験をしています。You will realise as you sonder, but that is part of life。その瞬間を大事にしながらも、老後「あの時ああしておいて良かったな」と後悔のない振り返りができるよう、一歩一歩、自分らしく、自分のペースで進んでいきたいです。

長くなりましたが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
次は一緒に練習パートナーとして場をHappy にさせてくれる駿汰に回したいと思います。彼の今後の活躍も存分期待したいです。

Until next time. 
Thank you.