2026/6/29 桑畑宏成「怪我に負けない」
こんにちは!杉山統哉から引き継ぎました、ハードルパート1年の桑畑宏成です。
杉山君とは帰り道を共にしたり、一緒に補強をしたりと、いつも仲良くしてもらっています。少し変わった彼ですが、きつい練習の中でも爽やかな笑顔を絶やさず、その笑顔でたくさんの人(私を含めて)を魅了してきたに違いありません。
今回は一回目の部員日記という事で、今までの私の陸上人生について書かせていただきます。自分の事を人に話すのはあまり得意ではないのですが、精一杯頑張るので最後まで読んでいただけると嬉しいです!
まずは簡単な自己紹介をさせて下さい。

名前 : 桑畑宏成
学部学科 : スポーツウエルネス学部スポーツウエルネス学科
出身高校 : 専修大学松戸高校
専門種目 : 110mH
私が陸上を始めたのは中学一年生のときです。
小学校六年間、水泳をしていたので、次は陸でタイムを競ってみたいと思い、陸上部への入部を決めました。
専門種目は110mHと書かせていただきましたが、ハードル競技に手をつけたのは高校二年生になってからです。ではそれまでは何をしていたのかというと、主に100mを専門にしていました。
実は中学の陸上部に入る前からハードル競技への興味は持っていたのですが、私の中学にはハードルに取り組んでいる選手が居らず、それなら王道の100mをやろうと決めました。
中学陸上はじめての100m測定は14.1くらい(正確には覚えていませんが)でした。決して速いとは言えないですが、自分だけのベストタイムを手に入れたという感覚が嬉しく、すっかり陸上にハマってしまいました。
しかし、当時のフォームが酷すぎた事で腰椎分離症を発症。二回完治させましたが三度目の発症により治らないものとなりました。
休養を挟みながらの練習では中々伸びず、中学三年生最後の大会では13.58という、ほとんど成長を感じられないタイムを叩き出しました。これが私の中学ベストタイムになります。
タイムは伸びずも、まだまだ陸上にはハマっていた私は、当然高校でも陸上部に入部しました。高校では、入部から引退まで腰の痛みが強く出ることはなく、思うように練習ができました。
高校一年生初戦では12.43と、一般的には速くないながらも自己ベストを1秒以上更新することができ、高校二年生では11.95(現在のベストタイム)と、自分の中での一つの中間目標だった11秒台を達成することができました。
この頃に、高校陸上部の同期の一人がハードルをやってみたいと言い出し、昔興味を持っていた事を思い出した私もハードル競技に取り組み始めました。ここから、今までの100m以上に110mHにどハマりしていった私にとって、同期の彼は陸上人生の恩人だと思っています。
ハードルを始めたてのときは、予想以上の高さに跳ぶこと自体が怖く、20秒以上かけて110mを走り切っていました。
高校最後の大会までに上手く跳べるようになるのかという不安を抱えながらも、始めたのが遅いなりに朝練などで基礎を積み重ね、高校三年生では110mHで県大会に出場することができました。
100mに関しても、三年生のときは試合に出ることはありませんでしたが、学校での手動測定では11秒4〜11秒5くらいと、自分の中では成長を感じることができました。
とはいえ、110mHも100mも私自身まだまだ満足はしていません。立教大学には素晴らしいハードラー、スプリンターが沢山いるので、いい刺激を貰いながら追い越すつもりで練習していきたいです。

写真左:ハードルパート1年 桑畑
長くなりましたが、ここまで読んでくださった方ありがとうございました!
次は、同じハードルパート1年の大坂徠士輝君に回したいと思います。彼は実力派ハードラーでありながら、本人曰く受験で大太りしてしまったという可愛らしい一面も持ち合わせています。周りの一年生よりも入部が遅かったこともあり、まだまだ謎だらけの大坂君。一体どんな文章を書いてくれるのか、とても楽しみです。
