2026/11/6 横澤奈夏 「第二の刃にこれを背負って」
小川から引き継ぎました、長女4年の横澤奈夏と申します。
日頃より、陸上競技部への温かいご支援・ご声援、誠にありがとうございます。また、先月行われた関東女子駅伝におきましても、多くのOB・OGの皆様、関係者の皆様、地域の皆様から多大なるお力添えをいただき、選手一同、大変励みになりました。この4年間を振り返ると、金銭面を理由に諦めざるを得ない場面に直面した際にも、皆様のご協力やご支援のおかげで実現できたことが多くありました。競技に打ち込める環境があることは当たり前ではないと、日々実感しております。この身に余る御恩に応えることができるよう、これからも精進して参ります。そして、来年からは私もOGとして、微力ながら現役選手の活動を支えていければと思います。
前任の小川についてですが、4年間も一緒にいると、改めて面と向かって思いを伝えるのは照れくさいので、この場をお借りしてひっそりと残しておきます。
入学当初は、高いレベルで競技に取り組む彼女を見て、「自分も頑張らねば!」と刺激を受ける一方で、自身の弱さを見せることにはためらいがあったように思います。しかし、学年が上がり、チームをつくっていく立場になったとき、真っ先に頼りにしていたのは、入学当初から一緒に過ごしてきた小川でした。
先日行われた関東女子駅伝では、他の選手が最大限の走りをしてくれたにもかかわらず、杜の都への出場には届きませんでした。本来であれば、主将としてゴール後のメンバーを安心させ、次の目標に向かえるよう、励ますべき立場にありますが、私自身も悔しさを抑えることができませんでした。そんなとき、うずくまる私を彼女は優しく抱きしめ、「私たち頑張ったよ。胸を張ろう」と声をかけ、ずっとそばに居てくれました。私が弱ってしまったときに支えてくれる、かけがえのない存在です。

小川を見習って自己紹介させていただきます。
名前:横澤奈夏(よこさわなな)
学部学科:経済学部/経済学科
血液型:A型
出身校:成田高等学校
企画開始以降、ちゃっかり年に一度は執筆していたこの部員日記も、今回で最後となりそうです。しかし、最後だからと意識しすぎてしまうと、かえって堅苦しく、私らしさがない文章になってしまいそうなので、自由に思うままをしたためます。筆が乗るままに書いていたら、かなりの文章量(6000字越え)になってしまいました。お時間のある方は、どうぞ最後までお付き合い下さい。
【1】競技人生の振り返り(小~高校)
私の地元では、小学校4年生から部活動があり、陸上部か吹奏楽部かの二択を迫られます。友達が多かったという理由で陸上部に入りました。このような、なんとも軽い動機で始まった陸上生活も、今年で13年目となりました。
中学校でも同様の理由で陸上部に入部しました。小学校の部活動では毎日がタイムトライアルだったので、中学校でも当然そうだろうと思い込み、初めての練習(ペース走)で他の新入生を置き去りにし、1人タイムトライアルを始めました。「なぜみんなは固まって走っているのだろう」と思いながら自主4kmTTを完遂しましたが、今思えば他の部員や監督の方が私の行動を不思議に思っていたことでしょう。あの時の信じられないものを見るようなみんなの視線は忘れません。入部当初こそ右も左もわからぬ状態でしたが、陸上競技に本格的にのめり込み始めたのも中学時代です。ペース走すら知らなかった私を見捨てず、真摯に指導してくださった先生方には、頭が上がりません。
中学生時代、全国の舞台にあと一歩届かなかったことが心残りで、高校でも陸上を続けました。とても濃密な時間を過ごした高校時代ですが、書き始めると一冊の本ができてしまうので割愛します。おそらく第1回目の部員日記で軽く触れていると思いますので、気になる方はそちらをご覧ください。泣く子も黙る成田高校で、陸上競技の最前線を経験できたことは、私の人生における大きな財産です。
【2】競技人生の振り返り(大学)
1年生では、個人選手権・全カレ・富士山女子駅伝と、大学陸上のいわば「おいしい部分」を味わうことができました。チームにも恵まれ、「これから華々しい大学陸上生活がスタートするのだ!」と期待に胸を躍らせていました。
しかし、2年生になると体調不良が続くようになりました。最初はそういう時期もあるだろうと受け流していましたが、動悸の症状が出るようになった頃、診断名が付きました。適切な治療を続ければ数年で日常生活に支障なく過ごせるとのことで、走れない原因が分かったことに、ほっとした気持ちもありましたが、昔から健康体が取り柄だった自分が、薬を服用せねばならないという事実に拒否感がありました。
また、これまで楽しいことや嬉しいことに向いていたアンテナが不安や焦燥に敏感になっていき、以前の自分との乖離に困惑もしました。療養が必要となり、当時のパートチーフに打ち明けた際には、私の体を第一に考えてくださり、その後もチームメイトの理解と励ましに助けられました。段々と自分の変化を受け入れられるようになってから、競技に対する向き合い方も変わりました。練習の強度を数段落とすことになりましたが、それでも、3年生の冬にはPBを更新できるまでに走力を戻すことができました。現在でもチームメイトには心配や迷惑をかけることがあり、申し訳ない気持ちでいっぱいですが、残された競技生活を後悔なく締めくくるためにも、今の自分にできることを一つずつ積み重ねていきたいと思います。
このような山あり谷ありの大学陸上生活を通して、「自分のために競技をすること」の意味を少しずつ理解できたように思います。高校までは、監督や先輩に迷惑をかけたくない一心で日々の練習に取り組んでいました。大学1年生の頃はチームのために走っていました。この先輩たちと一緒に富士山に出たいという純粋な思いが原動力でした。そして、大学2年生で自分自身と向き合わざるを得なくなりました。親からも「もう辞めてもいいのではないか」、「体を削ってまでする必要はあるのか」と気遣いの言葉をかけてもらいましたが、それでも、何故か辞めたいとは思いませんでした。
なぜ辞めたくないのか、自分なりに考えた末、行きついた答えは「陸上が好き」という、なんとも子どもらしいものでした。高校・大学と、進路を決める時期を迎えるたびに、「陸上辞めます詐欺」をしていた私から、まさかこんな考えが出てくるとは思いませんでした。チームや結果ももちろん大切ですが、結局のところ、私が競技を続けている理由はそこにあります。
また、1年生の後半からは会計、3年生の中盤からはパートチーフの役職を務めさせていただきました。下級生の段階から幹部として活動する機会をいただき、多くの紫聖会の皆様と接する中で、改めて多くの方々の支えによって部活動が成り立っていることを実感しました。私自身、決して要領が良い方ではなく、自分の競技との両立に不安を感じることもありましたが、それをはるかに上回るほどの貴重な経験をさせていただき、引き受けてよかったと心から思います。もうあんな大金は管理したくないですが。
【3】部員の皆さんへ
立教大学陸上競技部の特徴は「自主性」だと思います。ですが、この強みは一瞬にして弱さにもなりえると思います。自由がきくというのは、聞こえがいいですが、裏を返せばすべてが自分次第ということです。手を抜こうと思えばそうすることができ、それを咎める絶対的な強者がいません。突然ですが、皆さんは誰かと予定を立てる際、どのように進めていきますか?正直、日時や集合場所、行先を相手が決めてくれると、とても「楽」ではありませんか。そう、誰かが何かを決断してくれると、楽なのです。私の高校時代の監督は「部員が競技だけに集中するために自分がいる」とおっしゃっていました。当時はあまり理解できませんでしたが、今はその言葉をはっきりと理解できます。競技をしていると多くの岐路に立たされます。そして、どの選択肢をとるか決める際には、大きな負担がかかります。高校時代の監督はその立場を担ってくださっていたのです。いざ、自分がそれに近い立場になると、その責任の重さにうろたえました。私が右に行こうと示せば、チームはそれに従って進みます。ですが、その道が正しいのかは私自身にもわからないのです。けれど、歩みを止めること自体も許されないから、精一杯思考を巡らせ、自分の中の答えを出し、チームに指し示します。部やチームのために多くの決断をせねばならない立場というのは、時に孤独です。先輩方と接する中でも、責任ある立場を担う人ほど、苦しくても自分の弱さを見せることにためらう傾向があると感じました。パートチーフをはじめ、幹部にはそういった考えの人が少なくありません。どうか皆さん、楽な道を選ばずに、そのような立場にある人へ手を差し伸べることができる競技者になってほしいです。そういった方が増えれば、この陸上競技部はもっといいチームになると思います。
【4】これから
これまでの競技人生の振り返りを終えたところで、残りの競技生活で成し遂げたいことについて述べさせていただきます。と言っても、目標は1つしかありません。富士山女子駅伝への出場です。1年間、このチームで目指してきた舞台だからというのも、もちろん理由の1つです。しかし、それだけではなく、私には強く抱いている個人的な思いがあります。それは、富士山女子駅伝へ出場することが「今後、立教大学がさらに強くなるために必要だから」という理由です。
2023年に初出場を遂げた際、「富士山女子駅伝を見て興味を持った」と話す高校生から、多くの見学希望がありました。とても嬉しく感じると同時に、どれだけいいチームであっても、まずはメディアや大会結果で目に留まらなければ、その魅力を伝えることすらできないのだと痛感しました。
現在10人で活動している長距離女子ですが、今年は4年生3人が引退します。そのうちの1人は大エースの小川です。そうなったとき、自分の代で後輩たちに何かを残せるとしたら、それは目に見える結果だけでなく、将来につながる種をまくことなのではないかと考えるようになりました。今年富士山女子駅伝に出場することができれば、少なくとも2年間は立教大学が高校生の進路先の選択肢に上がると思います。それほどまでに、この大会に出場しているチームと、そうでないチームの間には大きな壁があります。
私はいつの日か、立教大学の襷が杜の都でつながれることを夢に見ています。その日が来るまで何十年かかったとしても、私は待ち続ける覚悟です。しかし、ともに過ごしてきた後輩が杜の都を走る姿を見ることができたなら、それ以上に嬉しいことはありません。後輩のためと言いながら、結局のところ、自分には届かなかった舞台に立ってほしいという、私自身のエゴでもあります。それでも、その思いが今の自分を突き動かしていることに変わりはありません。まずは今年、富士山女子駅伝の出場を達成するべく、チーム一丸となって目標に向かい、引き続き練習に励んでまいります。今後ともご支援・ご声援のほど、よろしくお願いいたします。
【5】独り言
伝えたいことは既に書き終えたので、読まなくても大丈夫です。頭の中を言語化するのは少し難しいですが、なるべくかみ砕いて綴ることができるよう、努めます。
私のバイブルになっている作品に「第二の刃」という考え方が登場します。第二の刃を説明する前に、まず「第一の刃」というのは、人生に直接的な影響を与え、磨きに限界がないものを指します。例えば、学力やコミュニケーション能力、お金を稼ぐ手段などが挙げられます。一方、「第二の刃」とは、その対極にあるものです。人生に直接的な利益をもたらすわけではなく、磨き続けることにも限界があるものを指します。一見すると役に立たなさそうなこの第二の刃ですが、作中では、これを腰に携えておき、いざというときの切り札にする。そうすることで、第一の刃を際限なく磨くことができ、一人前に近づけるのだとされています。つまり、人生という終わりのない研鑽の中で壁にぶつかったとき、それを切り拓くための力になってくれるもの、それが第二の刃です。
私にとっての第二の刃は、まさに「陸上」だと思います。人によって第一の刃・第二の刃に当てはまるものはまったく異なります。例えば、実業団に所属し、自分の走りを生業としている方は陸上が第一の刃と言えるでしょう。生きるための仕事として陸上があり、結果を追い求めるその努力に終わりがないからです。反対に、大学で陸上生活に区切りをつける私にとって、引退後これ以上の競技力向上は見込めませんし、少し脚が速いからといってお給料は上がりません。しかし、これから先、なにか辛いことがあって歩みを止めたくなったとしても、陸上を通して得た何かが、きっと私を助けてくれるような気がします。それは培ってきた根性や継続力かもしれませんし、出会った人々かもしれません。小学生のころから「陸上」という世界に、ある意味では守られ、また一方では閉じこもっていた私が、そこから離れ、「社会」に飛び込んだとき、何が自分の支えとなるのか、何が自分の武器になるのか、今から楽しみです。
前述で引退に関して触れましたが、私にはあと2ヶ月ほど、この刃を磨く期間が残されています。これから一生、肌身離さず持ち歩くものですから、最後の最後までピッカピカに磨き上げ、その後の人生を共に歩んでいきたいと思います。
【6】さいごに
さて、ここまでお付き合いいただいた皆さん、ありがとうございました。目がしょぼしょぼになったことと思います。軽い動機で始めた陸上競技ですが、気づけば13年間も私の人生の中心となっていました。苦しいことが9割以上を占める中で、それでも一握りの栄光を目指して駆け抜けた日々は、振り返れば、とても愛おしく思えます。少なくとも、私にとっては宝物です。競技生活には区切りがつきますが、陸上で得たものまで消えるとは思いません。まずは目の前の2カ月を大切に過ごしていきたいです。
次回の部員日記は、サポーターパート4年の平井凜に回します!
彼女は、サポーターパートの通常激務をこなしながら、サポ主務として部の運営にも多大なる尽力をしてくれました。私であれば、その苦労を誰かに吐露したり、はたまた自慢をしたくなったりしてしまいますが、彼女はそのような素振りを見せることなく、淡々と任務を遂行し続けました。その努力の大きさや献身的な姿勢には度肝を抜かれました。また、彼女はいつでも私を全肯定してくれます。自分の言動に責任を持ち、その場しのぎの発言をしない彼女だからこそ、言葉に説得力があり、彼女が「大丈夫」と言えば、どんなに不安な場面でも大丈夫な気がしてきます。

4年間本当にありがとう。私が引退したら同期女子のみんなとも、凜と二人でも、ゆっくりどこかに行きたいなー!凜と過ごす時間はいつも温かくて、何度も救われていたよ!大好きです!
次回もお楽しみに!
