2026/10/05 増田敦大「潰えた道の先をまだ見ていたい」

こんにちは。短距離パートの齋藤真緒から引き継ぎました、フィールドパート2年の増田敦大(ますだあつひろ)です。「まっすー」って呼んでいただけると嬉しいです。

まず初めに、福田監督をはじめ、紫聖会の皆様、日頃より立教大学陸上競技部をご支援してくださっている皆さまに心から感謝申し上げます。

真緒とは全カレの際に補助員で一緒でした。自分はハイキュー!!がめちゃめちゃ好きなんですが、その聖地である仙台市体育館で彼女は1年後成人式を迎えるそうで非常にうらやましい限りです。それでは自己紹介をさせていただきます。

<プロフィール>
氏名:増田敦大(ますだ あつひろ)
生年月日:2006年9月19日
出身地:千葉県松戸市
専門種目:走り幅跳び
学部学科:現代心理学部心理学科

趣味:洋楽きくこと/スポーツすること

ということでここからは、これまでの自分の陸上人生について書かせてもらいます。

私がちゃんと陸上競技を始めたのは中1の時でした。それまでは小学校の部活で冬季サッカー、夏季陸上、休日にソフトボールといった感じでめちゃめちゃスポーツ男子してました。その後、中学では野球をするつもりだったのですが、周りとの体格の差を感じ(自分が細くて小さかったので)野球を辞め陸上の道に進みました。そんなこんなで陸上の道に足を踏み込んだわけですが、そう簡単には行かず陸上をやっていた顧問がいないこともあり、中1・2年の間は全く記録が伸びず苦しんだのを覚えています。

そんな自分にも転機が、成長期がやってきました!中2~中3の間で身長が13~14センチほど伸びそれに伴って体重もそれなりに増えました。また、未熟ではありますが地面を押して走れるようになりストライドも広がって100mに記録が2秒、走り幅跳びの記録も1m20cmほど伸び、結果的に6m27cmの自己ベストを出せるまで成長。「高校でも陸上をやるだろう。」その時はそう勝手に考えていましたが現実は甘くなかったです。中3の部活引退と同時に皮膚の疾患が後天的に発症し、体中の皮膚がボロボロ・自分の体質が特殊なこともあり化学物質を受け付けず薬を塗っても悪化し、正直その時は本当に「終わった」と思いました。高校に入ってからも1年中長袖長ズボンにマスクを着用し、人目を浴びるのも苦痛でした。もちろんそこで心が折れてしまい部活にも入らず高校3年間を過ごしました。そんな高校時代、同学年に7mジャンパーが現れており彼の話を聞くたびに「もし自分が続けていたらどこまで・・・」 そう思うようにもなりました。

大学入学後、陸上はもう一度やろうと思い陸上サークルに加入するも、競技場が遠かったり短距離の選手が少ないなどモチベに繋がらず、一念発起してサークルをすべて辞め、今年6月陸上部に入部しました。そんな感じで現在陸上部に身を置いている私ですが、2年フィールドの鴨野真暉・吉田智、ハードルの青井優真の存在がやっぱり大きかったなと感じます。3人は大学1・2年の時に授業が一緒で仲良くさせてもらいました。3人に出会ってなかったら「陸上部に入る」という選択肢はなかったと思います。3人とも出会ってくれてありがとう。

ここからはこれから目指すものについて書かせていただきます。題名にもあるように先をまだ見ていたいということでまずは中学の自己ベストを超えることを目標にしています。自分にはまだ記録が伸びるポテンシャルがあったんだと証明したい。ブランクは5年あるので簡単に行くとは思ってはいませんがまずは1㎝でも上回れるように頑張っていきたいです。今後とも応援よろしくお願いします。

最後に私の大好きなハイキュー!!のキャラクター北信介の好きなセリフとともに終わりたいと思います。

「俺を構築すんのは毎日の行動であって“結果”は副産物に過ぎん」

自分はこのセリフが大好きです。ここから約2年結果がどうであれ悔いの残らないように毎日を過ごしていきたい。多分その先に立派になった自分が待っていると思うので。

次はフィールドパート3年の大峰ラファエルはなさんに回したいと思います。はなさんは2か月ほど前から陸上部に仲間入りしました!私も在学中の途中入部であったため非常に親近感を感じています。そんなはなさんはこういうのを書くのが好きだそうで「書きすぎたらどうしようかな」って言ってました笑。いつも元気でパワフルなはなさんの部員日記を楽しみにしてます!!